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札幌地方裁判所室蘭支部 昭和43年(ワ)198号 判決 1969年6月27日

原告

七戸賢造

被告

米沢照男

ほか一名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、「被告らは、原告に対し、各自、金一、三四九、七四七円及びこれに対する昭和四三年六月二〇日から完済まで年五分の金員を支払え。訴訟費用は、被告らの負担とする。」との判決及び仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、

一、原告は、昭和四一年九月二一日午前一〇時頃、北海道幌別郡登別町字富岸一四番地先国道三六号線道路上において、軽四輪貨物自動車(以下「原告車」という。)を運転し、苫小牧市方面から室蘭市方面に向け、進行していた際、室蘭市方面から苫小牧市方面に向け、対面進行して来た被告米沢照男の運転する普通貨物自動車室一は三七五四号(以下「被告車」という。)の前面部に衝突され、そのため、原告は、左骨盤骨折、左腓骨神経麻痺、右第三、四、五か骨々折、血胸、左下腿腓骨神経支配域の知覚麻痺及び足関節の背屈障害の傷害(以下「本件傷害」という。)を受けた。

二、被告株式会社第一滝本館(以下「被告会社」という。)は、被告車を所有して、これを自己のため、運行の用に供していたものである。

したがって、被告会社は、自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)第三条により、被告車の運行により、生じた本件事故に基き、原告に生じた損害を賠償すべき義務がある。

三、被告米沢照男は、被告車を運転して、苫小牧市方面に向け、進行し、本件事故現場にさしかかった際、先行車を追い越すため、道路中央線を越えて、その右方に出ようとしたが、かかる場合、自動車運転者としては、前方の交通に十分の注意を払い、安全に運転する注意義務があるのに、これを怠り、突如、中央線を越えて、その右方に出たため、たまたま、室蘭市方面に向け、進行し、中央線の右方を約三〇糎越えて、先行車を追い越し、中央線に添って、進行していた原告車に衝突したのである。

したがって、本件事故は、被告米沢照男の過失により、生じたものであるから、同被告は、民法第七〇九条により、原告に生じた損害を賠償すべき義務がある。

四、原告は、本件事故により、次の損害を受けた。

(一)治療費

原告は、本件傷害治療のため、昭和四一年九月二一日から昭和四二年三月二七日までの一八八日間、北海道幌別郡登別町字登別温泉町一三三番地登別整形外科病院に入院加療し、

投薬料、注射料、処置料、手術料、入院料等合計金一一五、二四八円を支出し、同額の損害を受けた。

(二)得べかりし利益の喪失

原告は、本件事故当時、五三才で、食料品小売販売業を営んでいたが、本件傷害のため、右営業をすることができなくなったが、右傷害を受けなければ、六五才までの一二年間、右営業を継続し、毎年平均最低金五〇〇、〇〇〇円の純収益を得ることができたものと予想されるので、その合計金六、〇〇〇、〇〇〇円から、ホフマン式計算法により、年五分の中間利息を控除した金四、六〇九、七四七円は、原告が本件事故により、受けた損害である。

(三)慰藉料

原告は、本件傷害のため、右のとおり、一八八日間入院加療したが、全治せず、左下肢筋萎縮、左腓骨神経麻痺、左足関節背屈障害の後遺症があり、身体の自由を失うに至ったが、これによる精神上の苦痛に対する慰藉料額は、金一、五〇〇、〇〇〇円が相当である。

五、よって、原告は、被告らに対し、各自、右四の(一)ないし(三)の各損害金合計金六、二二二、八〇三円のうち、原告の過失を斟酌し、その四割に相当する金二、四八九、七四七円から、原告が受領した自動車損害賠償責任保険金一、一四〇、〇〇〇円を控除した残額金一、三四九、七四七円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日である昭和四三年六月二〇日から完済まで民法所定の年五分の遅延損害金の支払を求める。

と述べ、再答弁として、被告会社の抗弁事実中、

本件事故について、被告らに過失がなかったとの点は否認すると述べた。

〔証拠関係略〕

被告ら訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、答弁として、原告主張の請求原因事実中、

一のうち、原告の傷害の部位、程度の点は否認するが、その余の点は認める。

二の第一段の事実は認めるが、第二段の事実は否認する。

三は否認する。

四の(一)のうち、原告が本件傷害のため、入院加療をしたことは認めるが、その余の点は否認する。

四の(二)、(三)は否認する

と述べ、被告会社の抗弁として、

本件事故は、原告の過失により、生じたもので、被告らは、被告車の運行に関し、注意を怠らず、また、被告車には構造上の欠陥または機能の障害がなかったから、被告会社には損害賠償の責任はない。すなわち、原告は、本件事故現場にさしかかった際、前方を進行していた他の自動車を追い越すため、道路中央線を越えて、被告車の進行路上に進入して来たため、原告車を被告車に衝突させたのであり、本件事故は、原告において、道路交通法第二八条第三項に定める反対方向からの交通に対する十分の注意を欠いた過失により、生じたものである。なお、被告米沢照男は、車両の運転者としての注意義務を尽くしていたが、本件事故の発生を予見し、回避することはできなかつたもので、同被告には何らの過失もない。また、車両の運転者としては、他の運転者が交通法規を守り、自車との衝突を避けるため、適切な行動に出ることを信頼して、運転すれば、足りるのであって、本件原告のように、交通法規に違反し、自車の前面を突破しようとする車両のあることまでも予想して、前方に対する安全を確認し、もつて事故の発生を未然に防止すべき注意義務はないから、いわゆる信頼の原則からしても、同被告には何らの過失もない。したがって、原告の被告会社に対する本訴請求は、失当である、と述べた。〔証拠関係略〕

理由

一、原告主張の一の事実のうち、原告の傷害の部位、程度の点を除くその余の事実は、被告らの認めるところである。

また、〔証拠略〕を総合すれば、原告は、本件事故により、本件傷害を受けたことが認められ、他に右認定をくつがえすに足りる証拠はない。

二、次に、原告主張の二の第一段の事実は、被告らの認めるところである。

三、そこで、次に、原告主張の三の事実及び被告会社の抗弁について、判断する。

(一)〔証拠略〕を総合すれば、本件事故現場は、国道三六号線道路上であり、その付近において、車道幅員は七・六〇米で、その中央には中央線が画され、コンクリート舗装の東西に一直線の平担な道路であり、道路上の見通しは良好であること、本件事故現場には被告車により、印された北側一四・八〇米、南側一四・九〇米の二条のスリップ痕が認められるが、原告車によるスリップ痕が認められないこと、右スリップ痕は、中央線から、被告車の進行方向に向って、斜左方に印されていること、原告車と被告車との衝突地点は、中央線から、被告車の進行方向に向つて、左方に二・六〇米離れた地点であることが認められ、右認定に反する原告本人尋問の結果は、前記各証拠に対比して、たやすく信用できず、他に右認定をくつがえすに足りる証拠はない。

右認定の事実と〔証拠略〕を総合すれば、被告米沢照男は、被告車を運転して、本件事故現場付近を時速約五〇粁の速度で、西方から東方に向けて、進行中、道路中央線を跨いで、やや、その右方に出て、先行していた大型タンクローリーを追い越し、中央線上付近から、徐々に、その左方に入ろうとした際、反対方向から進行して来た原告車が予め手や方向指示器等で合図をすることなく、突然、右前方約四三米の地点から中央線を越えて、被告車の進行路上に進入して来るのを発見し、危険を感じて、急制動を施しながら、ハンドルを左方に切ったが間に合わず、約一六米進行した後、原告車と被告車との前面部が衝突したことが認められ、〔証拠略〕の記載部分は、前記各証拠に対比して、たやすく信用できず、他に右認定をくつがえすに足りる証拠はない。

ところで、車両等の運転者は、他の車両等の正常な交通を妨害することのないように運転し、もって、事故の発生を未然に防止すべき注意義務があることは,道路交通法第七〇条の規定により、明らかである。しかるに、原告車を運転していた原告は、すでに判示したとおり、被告車の反対方面に進行中、何らの合図もしないで、急に被告車の進行路上に進入し、その結果、正常に進行していた被告車と衝突したものであるから、原告は、右の注意義務を怠ったものというべきである。したがって本件事故は、原告の右過失により、生じたことは明らかであり、他面、被告米沢照男には被告車の運行について、何らの過失もなかったというべきである。

なお、原告は、被告米沢照男が自動車運転者としての前方注視義務を怠り、急に道路中央線を越えて、その右方に被告車を進出させようとしたため、本件事故が起った旨主張するが、すでに判示したとおり、同被告は、本件事故当時、被告車を運転し、先行車を追越して、中央線上付近から、その左方に入ろうとしていたのであって、格別、被告車の進路のとり方に過失があるとはいえない上、原告は、急に中央線を越えて、被告車の進路上に進入して来たのであるから、同被告がいかに前方の注視義務を尽くしたとしても、事故の発生を回避することができたとは考えられないから、原告の右主張は、採用できず、他に前段認定を左右できる証拠はない。

(二)以上の次第であるから、本件事故は、原告の過失のみにより、生じたものというべきであるので、保有者である被告会社は、被告車の運行について、注意を怠らなかったことは明らかであるといわなければならない。

しかも、被告車に構造上の欠陥または機能の障害がなかったことは、原告において、明らかに争わないので、民事訴訟法第一四〇条により、これを自白したものとみなされる。

したがつて、被告会社は、自賠法第三条但書により、本件事故による損害を賠償すべき義務はないものというべきである。

(三)また、被告米沢照男に過失がないことは、すでに判示したとおりであるから、同被告は、本件事故による損害を賠償すべき義務はないものというべきである。

四、してみれば、その余の点について、判断するまでもなく、原告の本訴請求は、失当として、棄却されるべきであるから、訴訟費用の負担について、民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり、判決する。

(裁判官 佐藤栄一)

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